12cups

私達は日本人の食事をかえようとしました。

angusbuger「12歳以下の日本人を狙います。」

私達が提供する食べ物を、一生携える子供達が日々食べる
「おふくろの味」にしてくれれば「生涯顧客」になってくれます。
しかも、やがて生まれてくる自分の子供達にも
この「おふくろの味」を黙っていても教えてくれます。

語ったのは、今から約40年前、アメリカの世界一のハンバーガーチェーンが東京、銀座に開店した当時の社長です。

その当時の日本の牛肉の消費量は1人1年間で現在の10分の1の1kg。
後に、このチェーン店は日本最大の外食産業に成長しました。

アメリカは経済力、軍事力、産業界各分野で大きな力を持っています。世界で生産される穀物の大半を占め、ほとんどが輸出という農産物の超輸出国という一面もあります。

第2次世界大戦後、それまでのお得意様だったヨーロッパの国々が輸入を減少させた為、行き場を失った穀物の次のターゲットとなったのが、第2次大戦敗戦後の日本でした。

日本は第2次世界大戦の復興を終え、東京オリンピックを開催し、高度経済成長がまさに始まろうとしていました。

当時の日本人の食生活で蛋白質といえば魚が中心、肉の消費は欧米の10分の1でした。
第2次世界大戦の敗戦で国内的にも国民の体位向上を図ろうという動きが出てきた頃でした。

アメリカ政府と穀物商社は資金を出し合って、穀物輸出の戦略拠点となる。
「アメリカ飼料穀物協会」を設立。まず、安く消費し易い卵と鶏肉の消費拡大に取り組みました。
消費者向きのPR, 農家への畜産技術の指導、アメリカへの研修ツアーの開催。

穀物を鶏、豚、牛の餌として大量に使う「アメリカ式畜産技術」はまたたく間に日本中に広がっていきました。

これらの基盤で出来上ったところで、本命の牛肉の消費拡大PRが始まりました。その先鞭になったのが「ハンバーガー」でした。

政府の主催するフードショーには大手のファストフードチェーンを必ず参加させました。
海外に進出しようとする企業には補助金までつけました。

当時の農務省次官補の担当者は語ります。

「私達は世界の人々の食生活を変えようとしたのです。穀物を輸出するためならどんなこともやりました。」

ハンバーガーの本国アメリカで、昨年から話題のハンバーガーがあります。
その名前は「Angus Third Pounder」 アンガスビーフを150g使用したハンバーガーです。
19世紀半ば、イギリス、スコットランド東部で作られた「アンガス」という種の牛が歴史的に食卓を変えたと言われています。

この牛には従来の牛には持っていない画期的な特徴を持っていました。脂肪を沢山含み肉質が柔らかい。それまでの「ロングホーン」は肉質が堅いので煮込み料理しかつかえませんでした。「アンガス」の登場で肉そのものが味わえる「ステーキ」が誕生しました。

20世紀に入って「アンガス」は世界中の牛と配合され、食料牛の主役になっていきました。肉質を柔らかくするために大量のとうもろこし、大豆を必要としました。

草では肉が堅くなる。1kgのアンガス牛の肉を作るために8kgの穀物が必要となり、アンガス牛の登場は穀物の
大量生産と大量消費という図式を作りました。

人間が食べていた穀物を牛にたべさせるようになった20世紀。それを可能にしたのが巨大穀物基地とそこで収穫した穀物を世界中に供給した巨大穀物商社が、世界の「肉食」を支えています。

その後、アメリカの穀物輸出戦略は順調に実績を上げていきました。

世界人口が60億人 (現在は70億人) の時のある試算があります。
世界で生産されたとうもろこし6億トンの内4億トンは牛肉を作るため。家畜の餌に使われるようになりました。
60億人の人類の中で食べ物がなくて困っている人が8億人います。
餌に使用されるとうもろこし4億トンのとうもろこしの内1割の4000万トンで、食べ物がなく死んでいるいる人々を救うことができるそうです。

その量は日本人とアメリカ人が5回に1回牛肉を食べるのを控える量とほぼ一致するそうです。

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